ふたりのほーほけきょ
  今日の出来事やふと思った事を載せます

Friday, Jan 30, 2004

バスに乗る @ 21:36:52
市Pの研修会に出かける。
会場は熊本市青年会館とあるがどこ?
パパの記憶が正しければ水前寺のだいたいあの辺かな・・
大変良い天気だったので市営バスを利用することを思いついた。
車を交通センターーに駐車してバスに乗る。
少し興奮、1番前に腰掛けたみた。
熊本城を正面に観る。大画面で
次は側面から。
美しい、かっこいい、素晴らしい
車ですーっと通る町並みもバスの中からだと違って見えた。
座席は高いし・・

熊本は路面電車がほんとに良く似合う。
次はこれにも乗ってみよう。
また違った景色が見えるはず
熊本はとてもいい町だと思う。

パパが話してたところに青年会館はあった。ここは一度来たことがある。もう何年も前、消防の出初式の全国大会がこの場所で行われた時に出迎えの和太鼓の演奏に私も参加していたのである。
あちこち出没していたのを思い出した。

コメント:0

Thursday, Jan 29, 2004

ミカンが大好き♪ @ 08:50:48
寒さも和らいできて外の作業をやるのには有難い。
しばらくはキウイの剪定が中心になる。
合間に蔵の「金峰」を出荷
ひと月寝かせた。(減酸につながる)
実も締まり甘味をたっぷり含んで
どうよ、この美味さ!
コメント:0

Wednesday, Jan 28, 2004

個性 @ 08:21:39
キウイの剪定も結実習性を理解してから20年ほどになるが、毎年繰り返すうちに個性が出てくる。
みかんの剪定が基本となっている父と私は、どうしても立体的になり着果数が多くなることを意識しての剪定になる。
摘果を基本とするママにも個性がある。
今年もそう変わりなくそれぞれのやり方で作業を進めていっているようだ。
コメント:0

Tuesday, Jan 27, 2004

回想 @ 09:17:30
植木の畑の帰り、芳野の谷間はまだ雪で真っ白だった。
芳野中の女の子数人が外周を走っていた。
陸上部だろうか?
河内のにわか陸上部はよく頑張ったのだと思う。
芳野中の陸上部を抑えたのだから。
選手に選ばれたことで大きな自信につながるのだと教頭先生もおっしゃっていたが、アンカーを務めた天も大きな責任を果たし、またちょっぴり強くなったことだろう。
サッカーで走り回ってたことなど思い出し、胸があつくなった。

昨日はキウイの剪定をやる。
私の大好きな作業であるが2本半がやっとだった。
お昼はガスコンロで味噌汁を温める。(揚げとワカメとなめたけ入り)
風が強くて何度も消えた。
おにぎりにはしそ昆布と梅干を忍ばせて、竹輪の磯べ揚げをお供に
素朴でささやかなお弁当である。
今日は父と母と私で選果作業、パパは1人で植木に向かう予定。さてさて・・・


コメント:0

Sunday, Jan 25, 2004

キウイの剪定 @ 08:15:15
ハロゲンヒーターと私の間に慶が割り込んできた。
完全にふさがれてしまって熱が届かなくなった。

明日は畑にお供出来そうである。
植木の畑のキウイの剪定に向かう予定。
これから収穫まで大事に育てる事が私たちの役目である。
コメント:0

Saturday, Jan 24, 2004

@ 20:08:30
風邪かな・・と思う。
ちょっと頭痛がする。
今日やれる事を明日に延ばしてしまった。
さっきまでなんともなかったノドまでもが痛くなった。
みかん食べてるのにね。
ぐっすり休もう、また明日
コメント:0

Thursday, Jan 22, 2004

ほっけ @ 23:16:23
寒い夜は体の芯から温まるものが食べたい。
夕べは久々にだご汁
だんごをこねて伸ばして刻んで
思いっきり寒かったからコタツに丸くなってふーふーしていただいた。
小さかった頃、お口だけ開けてるとばーちゃんが運んでくれてたのを思い出しながら・・
今夜は母がのっぺ汁をこしらえてくれた。

今晩の「どっちの料理ショー」は鮭のバター焼きとほっけの塩焼きだそうだ。
肉より魚が好きな私にはどっちも・・・であるがパパと清酒・二天武蔵をいただいてたところで
お酒にはほっけの塩焼きがまさにぴったりのようである。
そう考えるとほっけが無性に食べたくなった。
ほっけでご飯が食べたくなった。
コメント:1

Wednesday, Jan 21, 2004

運命 @ 21:31:53
夕べは楽しみにしていたMitsグループの新年会
念願叶い南熊本の居酒屋「れんこん」に
ボスとRちゃんとパパと綺麗どころの3姉妹(あけみ・おすみ・Kinoko) が集まった。
とても心地よい居場所を与えてもらって心からみんなに感謝している。
人の運命って決まっている事なのだろうか
私はパパと結婚するべく生まれてきたんだろうか
こんな大好きな仲間達とも会うようになっていたのだろうか
そうだとすればとてもステキな出会いだと思う
パパが私と出会った頃に話してくれたこと
あるテレビ番組で有名な陶芸家がコップに入った顔料をながして絵付けをしたシーンがあったそうだ。
すると取材していた番組進行役の人が「この模様はたった何秒で出来るのですね」と言ったそうである。
それに対し陶芸家は「いいえ、50数年と数秒をかけました」と申されたのだそうだ
だからパパは29年かけて私と出会ったのだと話した。
そう考えるとMitsグループで夏ではなく冬に入ってから「れんこん」に行ったこともパパのぎっくり腰も運命だったのかもしれないね。

さて我が家は三男の天君が風邪をひいたもよう
焼きみかんを試すにはいい機会かもしれない
コメント:1

Sunday, Jan 18, 2004

新年会 @ 17:28:01
パパは腰を痛めたようだ
ちゃんと歩けないのに新年会には参加したらしい

私も今帰宅。仲良しと新年会をやってきた。
ヨーコさんとこずえちゃんとひとみちゃんとみっちゃんとふみちゃんと私の新年会。
まだまだみんな成人式を迎えたばっかりです。
「恋をしよう」と話してます。
コメント:0

Friday, Jan 16, 2004

分かれ道 @ 17:28:11
パパは高校の生物の先生になるのが夢だったらしい。
採用の電話が入ったとき、東京でんでんで飲んでたそうだ。
採用試験を受けたことを家人には知らせてなくて
当然家業を継いでくれると思ってた両親は驚いたに違いない。すぐ断ったということだった。
パパには妹が一人いる。

私は農業を営む父と小学校勤務の母の家庭に育った。
2歳違いの妹と4歳違いの弟がいる。
ばあちゃんやおばちゃんに育ててもらった。何の不自由もなかった。
高校3年の時、進路を決めるにあたり造形のほうに進もうと思った。
担任の先生も熱心に話を聞いてくれた。
資料を取り寄せるうち、大阪にいる父方の叔母夫婦が
「こっちにはいい学校があるから出てきなさい」と何度か薦めてくれた..
父も母も相当悩んだに違いない。
「ダメよ」と言ったことのないふたりが出した結論は「九州内だったら」
という答えだった。
父は直接私には言わなかったけど、私と弟が入れ替わってたらどんなにか楽だったろうと思う。
弟が高校を出るまでに4年。
たった一人で作業を続ける父はこれまで孤独だったに違いない。
そう思うと進学などどうでもよくなった。
悩みもしなかった。次の日から畑に出た。
父と母はわたしを「家の犠牲になった」と言ってたけど父にはすっごくかわいがってもらった。
父は私と仕事に出かけるのが嬉しかったのだろう。
いつも畑からの眺めを自慢してみせた。
「畑は気持ちんよかろー、めしが美味かろうが」は毎日聞かされた。
枯れ枝を燃やしてサンマを焼いてくれたり、いわしだったり焼き芋だったりと
簡単なようでサンマの焼き加減は何年たっても父の方が上だった。
そしてまた脂が滴り落ちる焼きたてのサンマは抜群に旨かった。
霜が降りた日や体が冷えたら焚き火をするのである。
河内に嫁いでからは火事が心配だという理由でまだ一度もやらせてもらってない。
あれはダメ
は私には悲しい事であるが。
人生の分かれ道は誰にでもある。
造形の方に進んでいたら・・・の後悔は全くない。
私には農業が1番似合っているようだ
今パパが美味しいコーヒーをいれてくれた。
いただいてくる。
コメント:0

Thursday, Jan 15, 2004

成人の日 @ 17:26:37
今日でみかんの収穫がひと通り終了した
肩の荷が下りてパパは友達と新年会に出かける。
お疲れだったね!

ところで
1月15日を「成人の日」と決めたのには何か意味でもあったのだろう
第2月曜?ピンと来ないな。
私の成人式は恐ろしいことに20数年も昔の事になるが見事なものだった。
当時河内では地区ごとに集まって会場へは青年団のお兄さんたちが送ってくれていた
新成人をひと目見ようと
やんややんやで近所のおっちゃん、おばちゃんが集合場所の白浜農協前に見に駆けつけるのである。
当然恥ずかしさでいっぱいになる。
なのに「すみこちゃん!」
声を掛けてもらったら「あらぁ!」と答える。
髪結ってちょっと老けた感じのいつもの自分じゃない姿を見られるのはとっても嫌だったけど。
着物の柄とか帯の結び方にはみんな興味があるようで
初めは「半径10メートル内には近寄らず」の気配だったのがいつのまにか囲まれて
おはしよりを伸ばしてくれたり、手を握りに来たりお腹やら肩をたたいてくれたりとても歓迎されていたのである。
そしていつの間にか一緒に写真に納まっているのだから。
当時を思い起こす証拠はちゃーんと残っているのだ。良き時代だよね。
振袖は全く興味のなかった私に代わり父と母が染物やさんにお願いしてこしらえてくれた。
大変な思い入れだったに違いない。
まだ若かったというより幼かったから両親のそんな気持ちはよくわからなかったけど。
結ってもらった髪があちこち輪ゴムで縛られて頭の先まで痛かったことが1番印象に残っている。
式の途中、友達10人で阿蘇1泊を決行する為、抜け出す。
振袖は何時間着てただろうか。帰るなり髪を梳きジーパンに着替え、駆け込んで汽車に乗る。
阿蘇は雪が積もっていた。
雪合戦も命がけだった。

この仲間とは中学生の頃から集まり続けている。
この5年ほどは白浜の男性軍も加わるようになった。
「次はいつだろう?」とのことである。
チーム名は「白浜なかよしこよし」
今年の年男・年女である。
コメント:0

Tuesday, Jan 13, 2004

@ 22:02:01
木村分の収穫
寒かったー!!風が強くて振り落とされるかと思った。
風邪ひくかと思った
コメント:0

Sunday, Jan 11, 2004

くらしの中で・・・草木染と器 @ 13:46:13
「くらしの中で・・・草木染と器」2004・1・14〜18
    草木染「友子」福田友子  あさ工房 林原あさ
熊本伝統工芸館 和室

おすみの友人である友さんの作品展示会があります。
コメント:0

Saturday, Jan 10, 2004

デビュー @ 22:45:55
自身の姿は決して写すまいと思っていたのに
不覚だった。kinokoに撮られてしまった!
おまけに某ホームページに載ってしまった。
げげっ!!

Chunの輝かしいデビューは1番お似合いのファッションで幕を開けた
コメント:0

Tuesday, Jan 6, 2004

幸せ者! @ 22:15:14
今夜はおとなしく寝るつもりでいたのに
パパとお兄ちゃんがつまみ用意してくれたもんだから
ちょっと1杯いただくことにした。
ビールが美味い!
そういえば2日の新年会にこずえちゃんが準備したナンはホントにうまく出来てた。
いつの間にみんな腕を挙げるのだろう
何もつけなくてもとてもいい味を出していた。
達也先生はタンシチュー持参、彼は趣味の域を超えておりシェフそのものである。
鍋からこだわる。
ガーリックトーストもさっさとやってくれて私たちはその手さばきのよさにボーゼンとなる。
二郎ちゃんの暖かくてほっとするしゃべりはいつ聞いても最高である。
てるみに美幸にこずえちゃんと私、
謙ちゃんと達也先生と二郎ちゃんとパパと
きっときっとずーっと続いていくのだろう
来月は美幸の誕生会。
何かにかこつけて集まって結構な事である。
我が家は我が家で結構で
あー この幸せ者!
コメント:0

Monday, Jan 5, 2004

星座占い @ 07:14:43
テレビを見てたら星座占いがあっていた。
自分にいいことは貰う。今年はいただいた。
6年に1度の幸運な年に当たるのだそう
愉快である。
コメント:0

Sunday, Jan 4, 2004

長男・長女 @ 22:02:19
父・母・パパ・私・お兄ちゃんに慶、それに君子さん(義妹)とバーバ(私の母)が加わり、今日の収穫は総勢8名となる。高いところを息子達が手伝ってくれるので随分助かった。
慶は手は動かないけどみんなが和む。弾丸トークでしゃべり疲れ午前中でダウン。
お兄ちゃんは夜業も手伝ってさすがである。
長男・長女って何かしら責任とか義務とか知らず知らずのうちに植えつけられていくのだろう。(私も長女ですが)
うちはたいちゃん・けいちゃん・たか がそれぞれの呼び名です。みんなとっても仲がいいです。
コメント:0

Saturday, Jan 3, 2004

箱根駅伝 @ 19:17:29
今年は箱根駅伝に母校の東京農大が出場
以前のように
TVにかぶりついて見るなんてことはなくなったが
それでも気にはなって時々順位だけは確認する
それと想い出の「一の湯」が写る場面は不思議と見る
ニ十年も前の事なのに、「一の湯さん出たよ」をママに伝える  勝手な見方である、
頑張れ東京農大!
コメント:0

Thursday, Jan 1, 2004

謹賀新年 @ 00:00:00
今日も元気!
ずっとよろしくね
コメント:0

0.029[powered by b2.]